僕が1回の電話で振り込ませる額は,だいたい30万円から50万円前後でした。最初に成功した体験から分かるように,相手がすぐに振り込むことに躊躇しないラインが,このあたりの金額だったのです。それを上回るとやはり,
「払ってあげたいのは山々だけど,お母さんも本当にお金がないの。ごめんね」
という回答が一気に増えます。回収がゼロになるくらいなら,1件であんまり欲張らずにそのぶん,数で稼ぐほうが効率がいいわけです。
逆にこの金額基準から発想した振り込みをお願いする理由づけとして「交通事故の示談金」を使うことを思いつきました。
「ゴメン。オレ,友達のクルマを運転していてぶつけちゃって。人のクルマだから自動車保険が適用されないんだ。被害者がかなりヤバい人で,明日までに示談金を振り込めばそれでチャラにしてくれるって……」
「分かった……。どこに振り込めばいいの?」
「本当にゴメンね。近くに書くものある?今から口座番号,言うよ」
相手の声から息子や孫の真似がうまくできないと判断したときは,とっさに事故の被害者のほうを装います。
「お宅のお孫さんにクルマをぶつけられたんですよ。お孫さん,自動車保険に入ってないらしく『自宅に電話して家族に示談金の相談をしてくれないか』って言われましてね……」
妊娠中絶費用のお願いをするストーリーも効果がありました。
「お母さんごめん,彼女を妊娠させちゃったんだ。話し合って堕ろすことにしたんだけど……今,お金がないんだ。彼女の銀行口座にお金を振り込んでくれないかな!?お母さんにはオレから必ず返すから」
そして,女性名義で作られた架空の口座番号を伝えます。状況によってはライト信販の女のコのどちらかに,彼女のフリをして電話に出てもらう手も使いました。
母親の多くは「自分の息子がいたいけな女のコを孕ませてしまった」「人様の大事な娘さんを傷モノにしてしまった」と激しく動揺し,冷静な判断ができないまま誘導されてしまいがちでした。
藤野明男 (2012). 悪魔のささやき「オレオレ,オレ」:日本で最初に振り込め詐欺を始めた男 光文社 pp.56-57
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