ミルグラムの研究は,人間の悪と破壊性の本質について,社会生活における道徳の役割について,社会的圧力,とりわけ権威が要求するならば私たちがいくらでも屈服してしまうことについて,現代社会のどこにでも存在する社会的組織の持つ階層構造の潜在的に非人間的な側面などについて,これらのさまざまな事柄について私たちがどのように考えているかをあからさまにしてしまうという効果を持っている。彼が示して見せたのは,悪いことをしていない人に対して破壊的な行動をするためには悪人や狂人は必要ないということである。ごく普通の正常な人が,正当な権威から命令されれば,自分1人なら決してしないと思われるおぞましい行動をしてしまうのである。
彼の研究は,私たちを直接取り巻く状況が思いもかけないほど強力な力を持っているということをはっきりと認識させた。そしてその力は,ときに私たちの善悪の感覚よりも強く働く。実験に参加した人たちが他者に有害でありうる命令に従ってしまう度合いは,犠牲者が近くなればなるほど低下し,逆に被験者と犠牲者の間にはさまる緩衝材となるものがあればあるほど増加するのである。
トーマス・ブラス 野島久雄・藍澤美紀(訳) (2008). 服従実験とは何だったのか---スタンレー・ミルグラムの生涯と遺産 誠信書房 p.331.
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