しかし,このような感覚——「児童虐待」は重大な社会問題であり,私たちが解決に向けて真摯に取り組むべき課題である,というような認識——が広く人々に共有されるようになったのは,日本では1990年代に入ってからのことである。そもそもそれ以前の日本では「児童虐待」という言葉が一般的なものではなく,今日報道されるような子供に対する継続的な暴力や養育放棄といった事例を,ひとつの「社会問題」として捉える視点に欠けていたのである。そのような意味で,児童虐待は90年代の日本で「発見」されたものであり,それ以前の社会では一部の専門家が関心を寄せる対象にすぎなかった。
ところが前述のような「児童虐待問題」に対する現代的コンセンサスが形成される直前,すなわち1980年代の日本の大衆メディアででは,現在の視点からみれば不謹慎とも思える性質の児童虐待報道が繰り返されていた。それは,陰惨な児童虐待事件をまるでオカルト的な恐怖物語を読むような感覚で読者に消費させていく雑誌記事であり,それらの記事は子供が犠牲になる事件を表面的には非難しながらも,アルシュ「別世界の物語」として無邪気に供覧するような性質を備えていた。
佐藤雅浩 (2009). 児童虐待とオカルト—1980年代女性週刊誌における猟奇的虐待報道について— 吉田司雄(編著) オカルトの惑星—1980年代,もう一つの世界地図— 青弓社 pp.183-207
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