包括的思考様式と分析的思考様式を定義したミシガン大学のリチャード・ニズベット博士は,1980年代まで,アメリカ人のデータをベースにしてわかってきた人間の思考パターンは,文化を問わず,人間すべてに当てはまる普遍的なものという想定で研究を進めてきた研究者である。しかし,90年代に入り,大きな方向転換をして文化とこころの関係の研究に入った。
ニズベット博士は,人間の普遍性という立場から過去に書いた書籍の内容について,著名な人類学者ロイ・ダンドラーデ博士に,「それは普遍的な人間の行動ではなく,アメリカ文化に生きる人間に見られる独特な行動傾向をうまく描き出した書である」と揶揄された際に腹を立てたそうだ。しかし,博士は,90年代以降,文化心理学研究に携わるようになって,ダンドラーデ博士のいっていたことはもっともな指摘であったと考え直したことを,最近の論文において述懐している。
これはあくまで一例に過ぎないが,自らのものの考え方の狭さを真摯に受け止め,過去の研究にしがみつかずに,常によりよいものの見え方をアップデートしていかなければ,研究者として一人前ではないという北米のシビアな研究事情を知っていると,なかなか凄みのある話である。
1つのものの見え方に固執せず,多様なものの見え方によって自らの立ち位置を常に相対化すべしという警句は,文化心理学研究者である筆者自身への戒めの言葉でもある。
増田貴彦 (2010). ボスだけを見る欧米人 みんなの顔まで見る日本人 講談社 pp.215-216
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