ナチス・ドイツは美術史においても悪名高き存在で,ゲルマン民族の優秀性を写実的な描写で称えた保守的な作品以外は「退廃美術」として排斥したことで知られています。印象派の絵画などは,粗雑な筆さばきと浅薄な色彩で都市やリゾート地の風景風俗を描いた軽佻浮薄な絵として価値を認めていないのですが,そうした表向きの評価とは裏腹に,ナチスの高官はパリで競って印象派の絵を購入しています。大戦の混乱によって生じた金融不安や通貨不信から,印象派絵画の国際通貨としての信頼性が急速に高まっていたからです。
このナチス高官の買い占めにより,印象派絵画はドイツ支配下のパリにおいて記録的な高騰を見せることになりますが,これは第二次世界大戦中のことですから,作者のモネやルノワールは20年ほど前に世を去ってしまっています。
それでもまだ,モネやルノワールは画家としては幸運で,長寿をまっとうしたこともあり作品の高騰の見返りを得ることができています。対照的にセザンヌ,ロートレック,ゴッホ,ゴーギャンら「後期印象派」と呼ばれる画家は,短命や世間の評価の遅れが災いして,自身の作品の値上がりの恩恵に浴してはいません。
西岡文彦 (2012). ピカソは本当に偉いのか? 新潮社 pp.35-36
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