彼は,画商に対する最良の作戦は,作戦を立てないことだと言っています。
実際,予想もしていなかったピカソの対応に驚いた画商は,彼が何を望んでいるのかが理解できずに困惑し,冷静な判断力を失ったまま交渉に臨むことになり,気がついた時にはピカソの思惑通りに話を進められてしまっていたといいます。
予測不可能の言動で相手を幻惑し,相手に事前の対策を講じさせないというのが,ピカソの画商に対する戦略でしたが,彼はこの戦略のために綿密なシミュレーションも欠かさなかったといいます。画商や出版社との折衝,展覧会の準備などのアシスタントとして,ピカソの深い信頼を得ていたフランソワーズ・ジローは,自伝にその様子を面白おかしく書いています。
彼女によれば,画商がアトリエにやってくる前に,ピカソは決まってフランソワーズを画商に見立て,えんえんと想定問答を繰返したというのです。場合によってはピカソが画商の役を演じることもあり,考えられるやりとりをすべて予習してから本番の交渉に臨んだといい,実際の画商との応酬に,想定した問答が登場した際はピカソがそっと目で合図を送ったといいます。
予測不可能な言動によるピカソの幻惑作戦は,あらかじめ予測可能な展開を知り尽くしておくことによって成立していたわけです。
西岡文彦 (2012). ピカソは本当に偉いのか? 新潮社 pp.86-87
引用者注:結局,作戦を立てているのでは…?
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