宗教改革によって教会美術が否定された後,市民の生活空間を飾ることになった世俗的な題材の絵画にしても,そこに描かれた風景や静物は,日々の生活を美しく彩り,暮らしに豊かさや潤いをもたらす調度品としての機能を持っていました。
ところが,教会美術の需要を激減させた16世紀の宗教改革に続いて,18世紀末のフランス革命は王政を終わらせ,王室美術というものの需要も激減させてしまいます。
そして,それまで王室に収蔵されていた美術品は革命政府によってルーヴル宮殿に移され,市民を啓蒙するための美術品として一般に公開されることになります。絵画や彫刻は,それまで備えていたなにかを伝えるというコミュニケーション機能を失い,単なる鑑賞のみを目的とする「美術品」に変わってしまったのです。
教会にあれば神の威光を表し,宮殿にあれば王の権威を表し,市民の家庭にあれば暮らしを美しく彩るという,それぞれの場面で実用的な目的を持っていた美術は,美術館という新たに出現した美の「象牙の塔」ともいうべき権威ある施設に展示されることによって,そうした「用途」から切り離されてしまい,美術品それ自体の持つ色や形の美しさや細工の巧みさだけを「鑑賞」される対象になってしまったのです。
美術館は,博物館と同じミュージアムという言葉の訳語ですから,「博物館入り」という言葉によって表される古色蒼然としたニュアンスは,「美術館入り」という言葉にも含まれています。本章冒頭で,ニューヨーク近代美術館のことを現代美術の「殿堂」と紹介しましたが,「殿堂入り」という言葉なども同様に,そこに入ることが「現役を離れる」ことであるというニュアンスを含んでいます。
フランス革命によって成立した市民のための美術館という新施設が,美術品に及ぼした最大の変化はここにあります。
西岡文彦 (2012). ピカソは本当に偉いのか? 新潮社 pp.108-110
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