ある意味で変化の見落とし以上に要注意なのが,自分が見落としを“するわけがない”という,誤った思い込みである。ダニエル・レヴィンはこの誤った思い込みを,「見落としを見落とす見落とし」と冗談めかして呼んだ。すなわち,自分が変化を見落としたことも気づかないほどの,盲目状態である。ある実験でレヴィンは,大学生のグループにサバイナ/アンドレアの会話場面のスチール写真を見せ,ビデオについて説明し,赤い皿が次のカットでは白く変わっていると教えた。つまり,変化の見落とし実験をするかわりに,作為的に入れ込んであるミスをふくめ,すべての種明かしをしたのだ。そして学生たちに,途中で皿の色が変わることを教えられずにビデオを見た場合,自分は変化に気づくと思うか訊ねた。すると7割以上の学生が自信ありげに,変化に気づくと答えた。もとの実験では,誰も気づかなかったのに!消えるスカーフについても,9割以上の学生が自分なら気づくと答えたが,もとの実験では,やはり全員が見落としている。これはまさに,記憶力に対する錯覚である。たいていの人は,自分は予期せぬ変化に気づくと思いがちだが,実際にはほとんど誰も気づかない。
クリストファー・チャブリス&ダニエル・シモンズ 木村博江(訳) (2011). 錯覚の科学 文藝春秋 pp.76-77
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