アイオワ州立大学のゲイリー・ウェルズは,目撃者の自信が陪審員の評決にあたえる影響について調べるために,仲間と説得力のある実験をおこなった。彼らは犯罪行為の目撃から,陪審員による評決まで,犯罪にからむ全過程を再現した。まず,研究者は犯罪行為を設定し,1回につき108人の被験者がそれを目撃した。被験者たちがなにか書類に書き込んでいる部屋に,犯人に扮した役者が入り込んで計算機を盗み出すのだ。ウェルズは実験のたびごとに犯人が部屋にいる時間,犯人が被験者に言う言葉の内容,帽子(顔がわかりにくくなる)のあるなしを変えた。犯人がでていってから間もなく,実験者が部屋に入り,何人かが並ぶラインナップ写真を被験者に見せ,犯人を選びだすよう頼み,その選択に対する自信の度合も答えさせた。結果では,犯人を見る時間が短かった被験者のほうが,写真からの犯人選びで不正解が多かった。だが,自分の選択に対する自信度は長時間犯人を見た被験者と同じほど強かった。
この実験でもっとも興味深いのは,自信過剰が証明された点ではない。ラインナップ写真から犯人を選び,選択に対する自信度を答えたあと,被験者は彼らの回答についてなにも知らされていないべつの実験者から,“反対尋問”を受けた。この反対尋問を撮影したビデオが,新たな被験者グループに見せられた。彼らの役目は,目撃証言による犯人の識別が正しいかどうかを判断する陪審員である。結果を見ると,陪審員はきわめて自信度の高い証人の識別を77パーセント信用した。自信度の低い証人に対する信用度は,59パーセントだった。さらに重要なのは,目撃条件がよくなかった(目撃した時間が短く,犯人が帽子をかぶっていた)場合でも,証人の自信がきわめて強いと,陪審員がその言葉を信じたことである。つまり,たとえ頼りない情報でも,証人の自信が陪審員の判断に大きな影響をあたえるのだ。
クリストファー・チャブリス&ダニエル・シモンズ 木村博江(訳) (2011). 錯覚の科学 文藝春秋 pp.145-146
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