説得力のある実話に影響された思い込みには,なかなか勝てない。すでにご紹介したように,2つの文章があった場合,原因と結果がはっきり書いてあるものより,因果関係を推理する必要があるもののほうが強く心に残る。体験談も同じだ——私たちは反射的に1つの例を一般化し,すべてにあてはめようとする。そしてそのように推理したものの記憶は長く残る。個人的な体験は私たちの心に残るが,統計値や平均値は心に残らない。そして実話が私たちに強い影響力をもつのも,当然のことなのだ。私たちの脳は,事実として受け入れられるものは自分自身が体験したことと,信頼できる相手から聞いたものだけという条件のもとで進化した。私たちの祖先は膨大なデータや統計や実験は知らなかった。というわけで,やむなく具体例で学んだ——状況の異なる大勢の人たちから集めたデータで,学ぶのではなく。
クリストファー・チャブリス&ダニエル・シモンズ 木村博江(訳) (2011). 錯覚の科学 文藝春秋 pp.226
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