「催眠術を使うと,証人が事件の細部を正確に思い出せる」この項目に,回答者の61パーセントがイエスと答えた。催眠術によって脳が特殊な状態になり,記憶力が目覚しく向上するという考え方には,簡単な方法で,眠っていた可能性が解き放たれるという思い込みが見てとれる。だが,それは間違いだ。催眠状態にある人の“記憶”は,たしかにふだん以上に活性化するが,その記憶が正確かどうかは別問題だ。催眠状態にある人は数多くの情報を口にするが,それが正しいとはかぎらない。じつは,催眠術の力を信じているために,たくさんのことを思い出すのかもしれない。つまり,催眠状態になると沢山思い出すはずだと信じている人は,催眠術をかけられたときに,できるだけ多く記憶を取り戻そうとするだろう。だがあいにく,催眠状態の人を甦らせた記憶が,正しいかどうかを判断するすべはない——当人が思い出せるはずのことを,私たちが正確にわかっていればべつだが。そして正確にわかっているなら,そもそも催眠術を使う必要はない!
クリストファー・チャブリス&ダニエル・シモンズ 木村博江(訳) (2011). 錯覚の科学 文藝春秋 pp.252
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