迷留辺荘主人は,さまざまな奇癖の持ち主であったが,なかでも彼の潔癖症は,いささか並はずれていて,それはもう病いと言ってもいいものであった。
たとえば,(私がもの心ついてからはそういうことはなかったけれども)一時期,彼はお金を全部消毒していたことがあったという。どう消毒したかというと,まず,硬貨は全部クレゾール溶液のなかに漬けてしまったそうだし,紙幣に関しては,脱脂綿にクレゾール溶液をしみこませ,それを広口ビンのなかに入れ,そこに紙幣をおさめておいたという。硬貨に関してはかなりの消毒効果が期待できるように思うけれども,お札については,この程度のことでどのぐらいの消毒ができたのだろうか。しかし,とにかくそうせずにはいられなかったということなのだろう。その結果,当然のことながら,わが家のお金は全部クレゾール特有のにおいがしみついてしまい,近所の店屋の人から,「内田さんのところからくるお金は全部わかる」などと言われたそうである。
内田純平 (1995). 迷留辺荘主人あれやこれや:心理学者内田勇三郎の生き方の流儀 文藝社 pp.18
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