そもそもこんにゃく業界は,生産農家,仲買人,原料問屋(業界では俗に「粉屋」という),製造業者(同じく「練り屋」)の4者からなるが,農家はつくったこんにゃくイモをなるべく高く売りたいのは当然である。その農家からイモを買いつける仲買人と粉屋は,なるべく安く仕入れて高く売ったほうが利益が大きい。しかるに,練り屋は原料を高く買わされては儲けが経るばかりだから,安く仕入れないと商売にならない。
つまり4者とも利害関係はばらばらで相反するから,みな一度にそろって儲かるということは道理上ありえない。ただ,何年かをひとくくりにして眺めれば,4者それぞれひととおり損もすればトクもしていて,そういう意味では公平なのである。
とはいえ,つねに欲をかいて目先の利益を求めるのが人間の性だから,とくに利ザヤによる利益が大きい中間業者の原料問屋は,相場の先をにらんで同業者どうし裏のかき合い,だまし合いが常態化する。
相場は需給バランスで決まるため,粉の場合,各地の練り屋からの注文が増えると,上がりはじめる。下仁田には最盛期,大小合わせて70件ほどの原材料問屋があったが,全国に得意先をもつ大手問屋のほうが注文が入りはじめるのが早い。そこで情報をさぐるため,よその問屋の主人が用もないのに大店の店先へ始終やってくる。当たりさわりのない世間話をしながら,番頭の顔つきや店の気配から相場の行き来を察知しようとするのだ。
むろん大店も心得ていて,うかつなことは漏らさない。それで,かつて粉屋どうしの会話は「こんにちは」と「さようなら」の挨拶以外はみんなウソだった——と下仁田では語り継がれている。
武内孝夫 (2006). こんにゃくの中の日本史 講談社 pp.168-169
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