器官原基が互いに相手を見つけて融合し,全体を形成する能力は,まさに胚発生の驚異の1つだ。こうしたことは,細胞の表面にあるさまざまな分子の働きで起こる。これらの分子には,ほかの細胞が自分たちと同種だと認識できるように取り決めておいた信号のようなものがある。これらは細胞接着分子——生物学者のいう「体のマジックテープ」——であり,1つ1つは弱いが集まると強い。とは言え,機関原基の融合はデリケートな仕事で,とくに神経管の融合はむずかしく,失敗しがちだ。1000人の1人の割合で,神経管の少なくとも1部が閉じていない「二分脊椎」という症状の子どもが生まれる。重度なのは,将来の脳に当たる部分の神経管が閉じそこなった場合だ。むき出しの神経組織は壊死して壊れてしまい,後頭部を肉切り包丁でざっくり切られたように,脳幹の残骸しかないような子どもが生まれる。
このような無頭蓋症の子どもは,1500人に1人の割合で生まれる。前から見ると閉じかかった眼は頭部から突出したように見え,舌が口から突き出ている。こうした子どもは誕生後,数時間,あるいは数日で死亡してしまう。名前からわかるように,二分脊椎は神経管が閉じそこなっただけなく,脊柱が閉じそこなったため,神経索は骨で保護されずにむき出しのままだ。このような障害が見られるのは神経管だけに限らない。心臓原基も閉じそこなうことがある。その結果,1つになるはずのものが2分されて,それぞれ半分しかない2つの心臓を持つことになる。
アルマン・マリー・ルロワ 上野直人(監修) 築地誠子(訳) (2006). ヒトの変異:人体の遺伝的多様性について みすず書房 pp.46-47
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