1980年代,ニュージーランドの社会学者ジェームス・フリンが思い立って実施したのは,過去のIQ(知能指数)得点を長期にわたって調査することだった。調査の結果,フリンはそれ以降十数年心理学界に騒動を引き起こすこととなる発見をした。人々のIQが上昇しているように見えたからだ。この現象はフリン効果と呼ばれている。
さてIQは,全人口に対して,統計上その平均得点が100になるように標準化されている。一定の年齢層(たとえば18歳の人々)の大きなサンプルに新しいバージョンのIQテストを実施した場合も,平均値が100になるよう調整される。その場合,新しいバージョンのIQテストを受けた人は旧いテストも受けるように求められ,新旧双方のIQテストの成績が一致するかどうかを調べる。フリンが見出したのは,どのグループでもテストを受けるたびに旧テストより成績が良くなったということだ。18歳の人々のグループが20年前のテストを受けたとすると,20年前の彼らの同年代の人々の得点100にはならず,必ず少し高目の値が出るのだ。フリンは1932年から1978年の間の,全体で7500名以上の参加者にのぼる70以上の調査を検討して,平均IQが10年間で3ポイント,おおよそ3%上昇していることに気づいた。
この報告がセンセーショナルだったのは増加の程度だった。2世代,60年間の間に得点がおよそ1標準偏差も上昇していたのである。すなわち,1990年の同年齢層の得点の平均値をとった18歳の人々を,仮に60年前の時点で評価したとすると,その特典は高いほうの6分の1に入るのだ。30人のクラスの平均的学生の場合なら,突然トップの5位以内に入ることになる。
このIQの上昇は,教育の改善の結果だとも言い得るが,もしそうなら語彙や一般知識の検査で得点が上がり,問題解決の検査ではさほど上がらないはずだ。なぜなら,問題解決は文化や教育のレベルとは比較的かかわりがないと考えられるからだ。しかし,アメリカ人のIQテストの変化を詳細に調べらた結果,まさにその反対であることが見出された。得点の上昇は問題解決で著しく上昇し,一方,語彙検査の得点はほとんど変化がなかったのである。
ターケル・クリングバーグ 苧阪直行(訳) (2011). オーバーフローする脳:ワーキングメモリの限界への挑戦 新曜社 pp.13-15
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