解離の患者が「鏡を見るのが怖い」と報告するとき,おおかたその理由は2つに分けられる。1つは,「鏡を見てもそこに映っているのが自分の姿であるという実感がない」ことである。もちろん,われわれでも病気で体調が悪くぼんやりした状態で鏡を覗き込んだとき,あるいは酒に酔ってトイレの中で鏡の前に立ったとき,鏡に映った自分の姿が自分ではないような感じがすることがある。
さらに1つは,「鏡に自分以外の何か,普通は映らないものが映っているような気がする」とか「自分の背後に何かがいるのが映っていそうでとても怖い」という報告である。これは私自身まったく経験することはないが,学生などに尋ねてみても,男性でも「そういうことはある」と答える。解離の患者のうち数人は,幼少時に鏡の中に実際に不気味な人がありありと見えていたという。「鏡にもうひとりの自分が映っている」と報告するものも稀だがある。彼女らはわれわれ一般にもみられる表象がまさに知覚的に立ち現れる傾向をもっている。
柴山雅俊 (2007). 解離性障害---「うしろに誰かいる」の精神病理 筑摩書房 pp.56-57.
PR