「ワーキングメモリ」という言葉は,1960年代にカール・プリグラムという神経科学者がすでに使っているが,心理学者であるアラン・バッドレーが1970年代初期にその一般的な意味を定義した。バッドレーはワーキングメモリに3つのコンポーネント(構成要素)を想定した。1つは視覚情報を保持するための視空間的スケッチパッド(visuospatial sketch pad)と呼ばれる。2つ目は言語情報を保持するための音韻ループ(phonological loop)であり,3つ目は視覚空間的スケッチパッドと音韻ループを調整する中枢的コンポーネントで,中央実行系(central executive)と呼ばれる。その後,バッドレーはまた別のワーキングメモリの保持機能をもつエピソード・バッファー(episodic buffer)をコンポーネントに加えたが,これはワーキングメモリにエピソード記憶を保持する役割をもつ。しかし,このバッファーは他のコンポーネントに比べると,その性格が必ずしも明確ではない。チェスのコマの移動を想起するとき,使っているのは視空間的スケッチパッドであり,電話番号を想起するときに役立つのは音韻ループによるリハーサルだ。このどちらの場合も注意に寄る調整が必要で,この調整を行っているのが中央実行系だ。
ターケル・クリングバーグ 苧阪直行(訳) (2011). オーバーフローする脳:ワーキングメモリの限界への挑戦 新曜社 pp.41
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