最近心理学者が見つけたのは,カクテルパーティ状況での振る舞いが人によって異なるということである。ある人は自分の名前が背後で引き合いに出されても,現在の会話に注意を集中できるのに,およそ3人中1人は注意が背後にそれてしまう。この人々の違いは,ワーキングメモリに原因があることがわかった。低いワーキングメモリ能力の人は簡単に注意がそがれてしまうのだ。これはすでに述べた,われわれの実験結果とも符合する。つまり注意のコントロールにはワーキングメモリが必要なのだ。ワーキングメモリがうまくはたらかないと注意散漫となり,刺激駆動型システムに乗っ取られてしまう。この別の例は,低いワーキングメモリ能力の人々が,当面の仕事に集中できず「心があちこちさまよう」状態になることが多いという事実である。ノースカロライナ大学のマイケル・ケーンたちがこれを示す実験をしている。彼らは被験者にPDA(個人情報端末)を与え,PDAのアラームが鳴ると(日に8回鳴るようにセットされていた)すぐに今行っていること,その集中度,心がさまよう状態であったかなどの質問紙に記入してもらった。ケーンたちが見出したのは,課題が心的に難しくなるやいなや,低いワーキングメモリ能力の人たちは,心がさまよう状態になりやすいということだった。
ターケル・クリングバーグ 苧阪直行(訳) (2011). オーバーフローする脳:ワーキングメモリの限界への挑戦 新曜社 pp.89-90
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