新しいテクノロジーや業務の採用を検討するとき,往々にして,既存事業の経済性との比較に目がいきがちだ。しかし本当に大事なのは,その新しいテクノロジーや業務がやがて既存の事業を潰し,まったく新しいビジネスモデルが求められるという可能性について考えることだ。
コダックがもし白紙でそれを検討していたら,デジタル写真の将来性に涎を流しただろう。そして,携帯電話やPC付属のものから高価なプロ用モデルまで,あらゆる形のデジタルカメラを製造・販売できただろう。画質を高められるプリンタやソフトウェアなども開発・販売できたはずだ。
しかしデジタルの採算性はフィルム事業ほどではなさそうだった。フィルム,印画紙,処理薬品で可能な60パーセントの売買差益を,デジタル事業であげることは困難だった。
それゆえコダックは罠に陥った。短期的な収益を重視したぶん,デジタルへの参入が遅れたのだ。あえて困難な状況に耐えて,まったく新しいビジネスモデルに踏み出す,あるいは会社を売却するという道を選ぼうとしなかった。
こうした罠は,広く使われている財務分析が陥りがちなものだという。たとえば,会社はしばしば,新しい事業に参入したら状況が良くなるかと自問するが,そのときほぼ必ず,戦略を変更しなければ事業は安定した状況を保つと想定してしまう。デジタル写真がつきつけてくるような根本的な難題で事業が急激に落ち込む想定はしないのだ。そして何もしなければ激しい凋落を招くという可能性を無視したまま,根本的な変化を避けるように仕向ける。
複数の研究によると,証券アナリストたちもこの罠を強める傾向がある。彼らはみな,業界ごとに基本的な金融モデルをつくっているので,そのモデルから外れた会社には罰を加えることが多い。また,アナリストを気にかけすぎる会社は,死にゆくビジネスモデルでもずっとしがみつく傾向が強くなる。
ポール・キャロル,チュンカ・ムイ 谷川 漣(訳) (2011). 7つの危険な徴候:企業はこうして壊れていく 海と月社 pp.109-110
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