ミュンヒハウゼン症候群とは,周囲の関心を引きつけておくために病気を装ったり,自傷行為に走ったりする精神疾患のこと。病院の待合室などでは,多少の“病気自慢”を見かけることもあるが,それの度がすぎると一種の精神疾患とみなされるようだ。
病気を装うという点では,「詐病」に近い。だが詐病には,病気を装うことで仕事をサボるとか,保険金を詐取するとか,心神喪失で罪を免れるなど,本人にとって病気以外の具体的なメリットがある。一方,ミュンヒハウゼン症候群の場合,具体的なメリットは何も求めない。ただただ「つらそうだね,大丈夫?」という他人の同情をかいたいだけなのだ。これがエスカレートすると,なにか病気を見つけてくれるまでいくつもの病院を受診して歩く。あれこれ症状を訴えてはさまざまな検査を受け,ときには検査の検体まですり替えてしまう。同じ部位を何度も傷つけるため,その部分が壊死して瘡蓋のようになっている場合もある。
そういった障害が自分ではなく近親者に向けられるのが「代理ミュンヒハウゼン症候群」だ。健康な家族や子どもに危害を加えたり,病気を捏造することで不必要な検査や治療などの医療を受けさせ,他人の同情や援助を引き出す。虚偽性の精神疾患である。ほとんどの場合,子どもに代理させるため,しばしば児童虐待と間違われる。だが,本人は子どもが憎いわけではない。逆に,病気の子どもを愛おしく思う。そして,愛おしい子どもの世話をしている自分に酔い,周囲からも褒められたいのだ。特にアメリカでは,この疾患を病んでいる母親が多く,年間600〜1000の症例が報告されているという。
上野正彦 (2010). 死体の犯罪心理学 アスキー・メディアワークス No.1144-1145/2162(Kindle)
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