この年の秋に開かれた昆虫学会の大会で,私は,分散型幼虫のゴール間移動を発表した。しかし,私の考えを十分理解してもらえたとは思えなかった。1978年になっても,まだ日本の研究者の多くは,生物の持っている形質はその“種にとって有利”であるはずだという仮説にどっぷりとつかっており,社会生物学などどこ吹く風であった。その一方で,時代遅れの実証主義的規範を携えて,仮説メーカーを笑っていたのである。『アニマ』という雑誌に載った匿名の学会印象記には,「視点の新しい」講演は「ほとんどなかった」と書いてあった。
またこの年に,私はこれまでの結果を論文にまとめた。この論文は翌年の秋に印刷になった。嬉しかったことには,A.F.G.ディクソン,ロバート・トリヴァース,ウィリアム・ハミルトンの3人が,感激したとの手紙をくれた。これは何ものにも増して私を勇気づけた。この時には,もう私はドクター・コースの5年目を終える年であった。O・D(オーバードクター)の何たるかを知っておられる方には,当時の私の気持ちはわかっていただけることと思う。
青木重幸 (1984). 兵隊を持ったアブラムシ どうぶつ社 pp.172-173
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