ピーター・ドラッカーは,エジソン神話が語る「実験に熱中し商売を忘れた奇人発明家」というエジソン像を信じ込んでいる。この神話は,よくいわれる彼の帳簿嫌いに由来するようだ。伝えられるところによれば,彼はニューアークの仕事場で受け取った請求書を,請求者が訴訟を起こすまでピンで留めたままにしていたという。事業にかかわる時間がないほど忙しい発明家,エジソンはそのように見られたかった。時間を食いつぶすたび重なる訴訟では,このイメージが役立った。法廷に召喚されたエジソンは,実業家たちの物欲とは無縁なので無実だと言い張れたのである。このような主張は,偉大な発明家だがつたない実業家でもあるエジソンという神話を助長し広めた。エジソンはそのような自分のイメージを大事にしたが,それにはもっともな理由があった。
だが彼の事業の同僚たちは,そうでないエジソンを知っていた。市場に対して的確な判断を下し,計算だかい賢い人物としてのエジソンである。彼は,実験と同じ精力と巧妙さを事業にも振り向けた。彼は1870年代にニューアークで100人にのぼる雇用者をもつ工場を操業し,ニューアークのショップの1つは,1874年に米国最大の電気製造工場の1つとされた。
アンドレ・ミラード 橋本毅彦(訳) (1998). エジソン発明会社の没落 朝日新聞社 pp.61-62
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