NHKのムスタン事件や「そしてチュちゃんは村を出た」のやらせを告発した朝日新聞も,それ以前に手痛い「サンゴ損傷事件」を体験している。だが,当時の社長は役員として社に残り,大騒ぎしたサンゴの傷もほぼ2年ほどで再生した。結局,カメラマン1人が社を去っただけである。
事件が報道された時,私も西表島に近い新石垣空港問題の取材で白保の海に潜り,サンゴを撮影していた。同じダイビングをやる仲間として元朝日カメラマンの気持ちがわかるような気がした。事件後,私は徹夜で彼と話し合った。因果なことに「カメラマンの目を避けて」である。「アザミサンゴの表面にうっすらと残ったKという傷をなぞり,隣の何もない所にYと傷つけた」というのが事の真相である。しかし,そこまでに至るプロセスが微妙なのである。
東京から日本の最南端ともいえる西表島の外れまで社費で出張して,あてにしていた取材対象のサンゴに傷がないのでは,彼ならずとも私でも困ってしまう。なぜならば,「ダイビング」「沖縄」のフレーズは何となくトロピカルでリゾートや遊びを連想してしまうからである。「沖縄に遊びに行って何もしないで帰ってきた」などと噂されたら社内で政治生命がないのが,日本のこの業界なのだ。つまり,次のチャンスがなくなるのではないか,と疑心暗鬼するような競争社会であるからだ。
追いつめられた彼は,ひょっとしたことでインスピレーションが浮かんだ。サンゴを傷つけようと考えたようだ。これ以上の事は推論になるので書くのはやめよう。
新藤健一 (1994). 新版 写真のワナ 情報センター出版局 pp.267-268.
PR