成長段階で見ると,孵化したばかりの赤ちゃんナメクジは,卵を覆っている膜を栄養源として,その後,腐植土や腐りかけた植物を口にする。やがて近くにある植物の葉を食べるようになる。食欲旺盛なのは,成長の初期段階にあたる春と繁殖活動の直前にあたる晩秋である。彼らの世界では「天高くナメクジ肥ゆる春と晩秋」のことわざが通用する。野菜農家やベランダ園芸家がナメクジに特に悩まされるのは,孵化の時期である春と,繁殖活動前の晩秋。丹誠込めて育てた野菜や生花が見るも無残な穴だらけの姿になったら,「ナメクジ憎し」とせん滅作戦に出る気持ちは十二分に分かる。
でも,しかしである。憎悪を燃えたぎらせる前に,彼らの事情にも目を向けてほしい。まずナメクジの短い一生を思いやる。次に,彼らがまともに生きるには,春や晩秋が大切な時期であることを理解する。その上で,孵化したばかりの赤ちゃんの写真を見る。三段階のプロセスを経れば,育てた花や野菜が少し食べられても,そう怒ることもなくなるのではないだろうか。人間以外の動物にも菜食主義者がいるんだな,ぐらいの受け止め方ができるようになれば,しめたものだ。
足立則夫 (2012). ナメクジの言い分 岩波書店 pp.59-60
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