こんにち行動遺伝学の研究では,このような遺伝と環境の交互作用の現象,つまり「遺伝と環境の影響は,遺伝と環境の条件の違いによって異なる」という現象が非常に数多くみいだされています。
たとえば,おしなべてみると遺伝の影響が大きいとされる知能についても,80を超える高齢者全体からみれば遺伝の影響は中程度にあるのですが,特に認知症にはなっていないけれど知的能力が低い方(下位40%)の人に限ってみると,その中での知能の差には遺伝の影響がまったくみられないという報告があります。これは高齢者の認知症のはじまるきっかけやその重篤度に,遺伝よりも環境の違いが大きく影響していることを示唆する結果です。
また青年期の知能の個人差は,社会階層が高いと遺伝の影響が大きいが,低い方では逆に共有環境の影響が大きいという報告もあります。つまり社会階層が低いほど親の育て方や家庭の状況の違いが直接,知的能力を大きく左右することを示唆します。このことは遺伝と環境についての議論をするときに,エビデンス(科学的根拠)に基づいて,さまざまな条件を考慮した厳密な議論が必要であり,またそれが可能であることを意味します。
安藤寿康 (2012). 遺伝子の不都合な真実:すべての能力は遺伝である 筑摩書房 pp.151-152
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