ブラック企業が辞めるなと言ったとしても,法律では労働者は辞めることができる権利を保証されている。辞められなければ奴隷と同じだからだ。ところが,いざブラック企業の制止を振り切って職場を辞めると,追い打ちをかけるような嫌がらせを受けることがある。社内の他の労働者に対する「見せしめ」や,勝手に辞めたことへの不当な「仕返し」としてこれらの嫌がらせは行われる。幾つか例を挙げてみよう。
1つ目は,離職手続きを進めない嫌がらせだ。厚生年金・健康保険・雇用保険など,各種社会保険の手続きを行わない。そのせいで失業中の給付金を受けることができなくなるし,再就職にも支障をきたす場合がある。これらは,いずれも国の保険制度を私物化して行われるパワハラだ。
2つ目は,最終月の給料を支払わないことだ。これは,単にコスト削減のためにも起きることがある。パワハラが原因で会社に行けなくなってしまったような場合には,最終月だけ手渡しにすることで免れようとする会社もある。会社に行けるような状況ではないのに,「来なければ払わない」とする。
3つ目は,損害賠償の請求である。「会社が辞めるなと言っているのに勝手に会社に来なくなった」という愚にもつかない理由で無断欠勤の損害賠償を請求されるケースもある。請求の書類を送るのは多少の法律知識があれば簡単にできるため,これで儲けようとする悪徳弁護士・社会保険労務士が請求書に捺印する場合もある。全く応じる必要のないものだが,経験のない人は多大なストレスを感じる。「損害賠償させるぞ」と脅したところで,実際に裁判をしても請求が認められるはずもないが,当事者を脅しつけたり他の従業員に対する威嚇になったりという実利はあるわけだ。
「辞めさせない」と「辞めさせる」というブラック企業のパターンは,一見矛盾しているかのように見える。しかし,これらは第1章で見たようなブラック企業への徹底した若者の従属と,極端な支配関係に同じ根源がある。選別のために辞めさせるのも,辞めさせずに使いつぶすも彼ら次第。いわば,ブラック企業は「生殺与奪」の力を持っている。また,ブラック企業はこうした支配の力を,利益を最大化させるために用いるという意味で,行動に一貫性を持っている。「辞めさせる」ことも,「辞めさせない」ことも,同様に,あくなき利益追求に端を発している。
今野晴貴 (2012). ブラック企業:日本を食いつぶす妖怪 文藝春秋 pp.98-99
PR