実は,ここまで個別企業の成長と実質的な経済の違いに言及してこなかったが,社会問題としてのブラック企業を考える上では,これが決定的に重要な視点である。なぜなら,一部の論者は「ブラック企業でも成長すれば日本経済のためになる」と主張しているからだ。ここまで見てきて明らかなように,ブラック企業がいくら成長しても,それは一時的なものでしかない。額面の上で大きな利益をたたき出したとしても,その後には使い捨てられた若者が横たわるのである。しかも,ブラック企業の「成長」それ自体が,日本の医療費等の直接的な,あるいは労使関係の信頼という間接的な財産を食いつぶして成立しており,実質的な意味では「一時的な成長」だということすらできない。したがって,本書で経済的な発展や成長の戦略を語るとき,それは実質的な意味での経済の発展のことを指しており,決して一時的な額面上での成長ではないことに留意していただきたい。
一国の経済発展を考えるとき,それが持続可能な実質性を担保しているのか,それとも「数値のまやかし」であるのかは,決定的に重要なのである。経済成長も「質」が重要なのだ。
今野晴貴 (2012). ブラック企業:日本を食いつぶす妖怪 文藝春秋 pp.176-177
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