本来キャリア教育には,権利意識としての側面もあり,これによって違法状態への対応能力を身に付けさせることもできるはずだ。ブラック企業は最大の「キャリアの敵」なのであるから,ここから身を守る方法を,子供たちに教えるべきだ。
ところが,なぜか政府の「ワークルール」とは,子どもに権利を教えることではなく,企業の「厳しさ」を教えることを指すようである。文部科学省が2011年12月に発表した「学校が社会と協働して1日も早くすべての児童生徒に充実したキャリア教育を行うために」と題する教師・家族を対象とした資料の中では,働くことの「権利と義務」を教えるべきだとしながら,権利の内容についてはまったく触れられず,「“世の中の実態や厳しさ”を伝えることの重要性」を複数の項を割いて,強調している。ただでさえ厳しいブラック企業に対して,国家も一体となって若者に「厳しいのだ」と諦めを強要する構図である。
すでに就職活動が若者を追い込んでおり,鬱病罹患者や,自殺者が増加している。ましてブラック企業ばかりが「出口」で待ち受けている中で,抽象的な働く義務や意識だけを高めていったらどうなるだろう。若者は,就職活動やブラック企業の中で,「違法なことでも耐えなければならない」と再三にわたって教え込まれ,受け入れている。そして,自分たちの結婚や育児,出産さえも惜しんでブラック企業に奉仕しているのである。これ以上「耐える精神」を学ばせても,日本の生産性や社会の発展には絶対につながらない。
今野晴貴 (2012). ブラック企業:日本を食いつぶす妖怪 文藝春秋 pp.224-225
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