ところがそんな桑田を,暴露本というスキャンダルが直撃した。運動具メーカーのある社員が,「ボクは桑田のためにこれだけのことをしてきたのに,アイツはこんなにひどいことをしたんだよ」という,グチをこぼした子供の泣き言がそのまま本になったような,醜悪な1冊だった。そんな本の中の一節が,またまた騒動を生んでしまったのだから,世の中よくわからない。登板日漏洩疑惑,というヤツだ。しかし,これも中身を読めばわかることだが,そんな大袈裟な名前を付けてわざわざ事件っぽくするほどのことではない。知り合いに,明日投げますよ,と言うことが統一契約書の模範行為に抵触するというのなら,新聞記者が明日の先発を関係者から取材して予想することは,模範行為の抵触を誘発していることになる。これも詭弁だとは思うが,それくらいのことなのだ。本にも「明日投げるの,がんばって」と会話を交わした人が,たまたま昔,賭博で有罪判決を受けた「危ない人」と付き合いがあったと書かれているだけで,それがいつしか,「桑田が賭博のために登板日を意図的に漏洩して金銭を受け取ってたりしてね……」という仮定の話にまでエスカレートしてしまっているのだ。しかも情報源は,子供の泣き言のような,あの一個人の書いた1冊だけ。NHKまでが張り切って取材に出向き,「巨人軍の桑田真澄投手が登板日を漏洩していたのではないかとされる問題で」とかなんとか言って,わざわざ夜のニュースで報じるに至っては,当時NHKで現場に携わっていた取材者の1人として,これがジャーナリズムだというのなら,ジャーナリストになれなくて結構,とまで思わされた出来事だった。しかも,そんなことで1千万の罰金だ,1ヵ月の謹慎だと世の中向けに処分を下す球団,事実関係の調査もできないコミッショナー,情報を垂れ流すだけで一方通行の無責任なマスコミ,どれもが正義の味方のような顔をして,弱冠21歳の桑田真澄1人を悪者に仕立て上げたのだ。
石田雄太 (2007). 桑田真澄:ピッチャーズ・バイブル 集英社 pp.255-256
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