この流行病は,もっと見えにくいかたちでもひたひたと広がっている。この25年間で,精神医学はDSMによって何が「正常」で何がそうでないかの線引きをしたが,それによって社会を根本から再編成してしまった。かつて人々は人間の精神を様々な情報源(偉大な文学作品,科学研究,哲学的・宗教的書物)から理解していたが,今ではDSMというフィルターを通して解釈している。精神医学が教える脳内の「化学的アンバランス」という概念は,精神作用についての理解を一変させ,自由意志という概念を揺るがしている。人間は脳内の神経伝達物質に支配される奴隷なのだろうか。何よりアメリカの子どもたちは,絶えず「精神病」の影に脅かされながら成長する,人類史上,最初の子どもたちなのである。それほど遠くない昔,学校の校庭には怠け者,道化役,いじめっ子,オタク系,恥ずかしがり屋,先生のお気に入り,その他色々なタイプの子どもがいて,程度の差はあれ,みな正常だということになっていた。この子たちがどんな大人になるのか,誰にも予想できなかったし,そこに人生の面白さがあった。20年後に同窓会を開けば,5年生の時の怠け者が大物起業家になっているかもしれないし,引っ込み思案だった女の子が洗練された女優になっているかもしれない。だが今日,高低を賑わしめているのは精神障害と診断された子どもたちなのだ(特にADHD,うつ病,双極性障害)。彼らは,君の脳にはおかしいところがあるので,「糖尿病にインシュリンが必要」なように,一生,精神科治療薬を飲まなくてはいけないと教え込まれている。この医学的所見が「人間とは何か」について子どもに教えるものは,かつての子どもたちが教えられたこととは,まったく異次元のものだ。
ロバート・ウィタカー 小野善郎(監訳) (2012). 心の病の「流行」と精神科治療薬の真実 福村出版 pp.28
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