ここに1つのデータがある。NIMHが実施した研究では,1946〜50年にペンシルバニア州のウォレン州立病院に入院した統合失調症初回エピソード患者の62パーセントが1年以内に退院した。3年目の終わりには,73パーセントが病院を出ていた。1948〜50年にデラウェア州率病院に入院した統合失調症患者216人の研究でも,同様の結果が得られた。85パーセントが5年以内に退院し,初回入院後6年以上が経つ1956年1月1日時点で,70パーセントが地域社会で問題なく生活していた。他方,ニューヨークのクイーンズ地区にあるヒルサイド病院は,1950年に退院した統合失調症患者87人を追跡調査し,半数強はその後4年以内の再発が一度もないことを確認した。同じ期間中にイギリス——アメリカに比べ統合失調症の定義が狭い——で行われた転帰研究でも,同じく明るい展望が得られた。患者の33パーセントが「完全な回復」を,20パーセントが「社会的回復」(すなわち生計を立てて自活できる)を果たしたのだ。
以上の研究から,当時の統合失調症の転帰について極めて驚くべき見解がもたらされる。従来の通念では,統合失調症の人が地域社会で暮らせるようになったのはソラジンのおかげだとされた。ところが実態を見ると,1940年代末〜50年代初期に統合失調症初回エピソードで入院した患者の大多数が,1年以内に地域社会に戻れるまでに回復していた。3年目の終わりには,75パーセントの患者が地域に戻っていた。入院を続ける必要があったのは,割合としてわずか20パーセントあまりだった。加えて地域に戻った人々も,シェルターやグループホームで生活したわけではなかった。その主の施設は当時まだなかったからだ。補足的所得補償(Supplementary Security Income; SSI)や社会保障傷害保険(Social Security Disability Insurance; SSDI)も設置されていなかったため,政府から障害給付も受けていなかった。退院した人はおおむね家族の元に戻り,社会的回復に関するデータから判断する限り,その多くが仕事をしていた。全体としてみれば,戦後のこの時期に統合失調症と診断された人には,回復して地域社会で十分に機能できるようになるという希望を抱けるだけの根拠があった。
ロバート・ウィタカー 小野善郎(監訳) (2012). 心の病の「流行」と精神科治療薬の真実 福村出版 pp.137-138
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