1977年,ベンゾジアゼピンは脳内のガンマアミノ酪酸(gamma-aminobutyric acid; GABA)という神経伝達物質に影響を及ぼすことが発見された。「興奮性」神経伝達を行うドーパミンやセロトニンと異なり,GABAはニューロンの活動を抑制する。GABAが分泌されると,ニューロンは活動測度を落とすか,一定期間活動を停止する。脳内のニューロンの大部分がGABA受容体を持つため,この神経伝達物質GABAが脳内の神経活動にブレーキをかける役割を果たす。ベンゾジアゼピンはこのGABA受容体と結合することで,GABAの抑制作用を増幅する。いわばベンゾジアゼピンによってGABAという脳内のブレーキが踏まれ,その結果として中枢神経系の活動が抑制されるのだ。
脳の側は,これに対応してGABAの分泌量を減らしGABA受容体の密度を減らす。イギリスの研究者らが1982年に説明したように,「GABAによる正常な神経伝達を回復」しようとするわけだ。だがこの適応的変化によって,脳内のブレーキが生理的に壊れた状態になる。ブレーキオイル(GABA分泌量)は少なく,ブレーキパッド(GABA受容体)は摩耗している。そのためベンゾジアゼピンを中止すると,脳はもはや神経活動を十分に抑制できなくなり,ニューロンが常軌を逸したペースで活動しはじめる。ヘザー・アシュトンは,この過活動によって「離脱作用の多くを説明」できる,と結論づけている。不安や不眠,皮膚の上を虫が這う感覚,妄想,非現実感,けいれん——こうした厄介な症状全てが,神経の過剰活動によって生じている可能性がある。
少しずつベンゾジアゼピンを減量すれば,GABA伝達系は徐々に正常に復帰するため離脱症状は軽いかもしれない。その一方,一部の長期服用者に「長期的な症状」が現れるという事実はおそらく,「[GABA]受容体が正常な状態に戻れないため」生じているのではないか,とアシュトンは述べる。ベンゾジアゼピンの長期使用は,「中枢神経系に緩慢に回復する機能的変化をもたらすだけでなく,時としてニューロンに構造的損傷を引き起こすおそれがある」と彼女は説明する。こうした場合,GABA伝達系というブレーキが本来の機能を取り戻すことは決してない。
ロバート・ウィタカー 小野善郎(監訳) (2012). 心の病の「流行」と精神科治療薬の真実 福村出版 pp.197-198
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