双極性障害と躁うつ病が初めて区別された当時,双極性障害と診断されるには,躁,うつ各々について入院が必要なほど重篤な発作を繰り返している必要があった。だがその後1976年に,NIMHのグッドウィンらが,躁病でなくうつ病が原因で入院したが軽度の躁エピソード(軽躁)もある患者については,同じ双極性障害でも重篤度が低い双極II型と診断してはどうかと提案した。やがて双極II型の診断基準が拡大し,躁うついずれの症状で入院したこともないが,単に双方のエピソードを経験した患者を含むようになった。ついで1990年代に精神医学界は,軽躁と診断されるには「高揚した,開放的な,または易怒的な気分」が4日間続く必要はなく,単にそうした気分症状が2日続けばよいとの判断が下された。双極性障害は広がりつつあり,診断上の境界線がこのように拡大したのを受け,突如として研究者の間から,人口の最大5パーセントが双極性障害に罹患しているとの発表がなされた。だが,双極性障害の大流行はこれで終わりではなかった。2003年にはNIMHの元所長のルイス・ジャッドらが,多くの人に躁病とうつ病の「診断閾値下」症状が認められるため,この人々は「双極性スペクトラム障害」と診断できると主張した。こうして双極I型,双極II型に加えていまや「双極性障害と正常との間の中間双極性(Bipolarity Intermediate)」が登場したのだ,と双極性障害に詳しいある専門家は説明している。ジャッドの計算では,アメリカの成人の6.4パーセントが双極性症状をもつというが,今では成人の4人に1人が双極性という枠の中にひとくくりにでき,かつては珍しかったこの病気が風邪と変わらぬほどありふれたものになっていると主張する論者もいる。
ロバート・ウィタカー 小野善郎(監訳) (2012). 心の病の「流行」と精神科治療薬の真実 福村出版 pp.269-270
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