これらの報告は,いずれも同じ事実を物語っている。リタリンを飲むと,これまで教室の厄介者で,先生が黒板に板書している間に椅子の上をもぞもぞしたり,周りの友達に話しかけたりしていた生徒がおとなしくなるのだ。あまり立ち歩かなくなり,友達にちょっかいをだすことも少なくなる。算数の問題などの課題を与えると,熱心に取り組むこともある。チャールズ・ブラッドレーはこうした態度の変化を「社会的見地から見て改善」と捉えており,リタリンや他のADHD治療薬の有効性試験にもこの観点が表れている。教師や他の観察者は,子どもの動きや他者との関わりの減少をプラスと捉える評価尺度にスコアを記入し,その結果を集計した数値に基づき,70〜90パーセントの子どもがADHD治療薬に「良好な反応を示す」と報告されている。NIMHの研究者らは1995年,こうした薬は「課題に無関係な活動(指をトントン叩く,落ち着きがない,細かな動き,直接監視しても課題から外れた行動をとるなど),授業妨害といった,ADHDの様々な中核症状の大幅な軽減」に極めて効果的であると述べた。マサチューセッツ総合病院のADHD専門家らも,学術文献を同様のこう要約している。「現存する文献には,精神刺激薬が多動,衝動性,不注意などのADHDに典型的な行動を低減することが,明確に記録されている」。
だが,これらはいずれも,薬物治療が子どもに有益であることを示すものではない。精神刺激薬は教師には有用だが,子どものためになっているのか?ここで研究者らは,最初から壁に突き当たる。イリノイ大学の医師エスター・スリーターは,52人の子どもにリタリンに対する感想をたずねた結果,こう記している。「何よりも重要なことに,他動の子どもたちは一様に刺激薬の服用を嫌がっていることが判明した」。テキサス大学の心理学者デボラ・ジャコビッツが1990年に行った報告によると,リタリンを服用中の子どもは「自己満足度が低く精神的により不安定である」との自己評価を下した。友だちづくりや友人関係の維持に関しては,刺激薬に「有意な効果はほとんどなく,悪影響が高い割合で見られた」とジャコビッツは述べる。他の研究者らも,薬を止めれば自分はきっと「悪くなる」「馬鹿になる」と感じるなど,リタリンによる子どもの自尊心低下を詳細に記述している。「子どもは,自分の心身の健康や,学習と行動抑制における自分の成長力を信じるのではなく,『僕をいい子にしてくれる魔法の薬』を信じるようになる」とミネソタ大学の心理学者アラン・スルーフは述べている。
ロバート・ウィタカー 小野善郎(監訳) (2012). 心の病の「流行」と精神科治療薬の真実 福村出版 pp.331-333
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