反応時間や正答率,選択率などの行動的測度によって明らかになった現象は,そのままでは何も説明していない。心理学では,これらの行動として表れた現象を,仮説的構成概念を用いた心理的モデルによって解釈する。しかし,ある現象を説明するのに複数のモデルが並列して成り立ってしまい,どれが正しい解釈か確定できない場合が生じうる。
たとえば,記憶における自己参照効果という現象(自分自身に当てはまる課題は,記憶しやすいという現象)が認められる。
この現象がどうして生じるかについては,2つの有力な解釈が存在し,長い間,論争になっていた。ひとつの仮説では,自己認知という特殊な認知機能が存在し,その部分が刺激されるからこそ,自己参照課題は記憶しやすいのだと解釈された。もうひとつの仮説では,自己参照課題は記憶しやすいといっても,それは,特別に自己という特殊な認知に関わったからではなく,ただ単に,課題の意味がさらに精緻化されたから記憶しやすいのだと主張されてきた。
そこで,fMRIで測定したところ,意味の精緻化に関わる左側の下前頭回ではなく,自己内省や自己意識に関わると考えられる内側前頭前野が活性化したのである。この結果,記憶の自己参照効果は,自己認知に関わっていたことがわかったのである。
これは,神経科学的測度が,心理学的な仮説の確定に貢献したケースといえるだろう。
河野哲也 (2008). 暴走する脳科学 哲学・倫理学からの批判的検討 光文社 p.90-91
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