18世紀半ば以降,企業や設計事務所や大学に雇われた計算係(コンピュータ)(多くは女性)が,ときには原始的な計算機を使って,計算や数値解析をおこなっていた。このような元祖の人間コンピュータは,ハレー彗星の回帰時期に関する最初の精密予測——それまで惑星軌道についてしか確認できていなかったニュートンの万有引力の法則に関する初期の証明——から,ノーベル賞を受賞した物理学者リチャード・ファインマンがロスアラモスで大勢の人間コンピュータを監督したマンハッタン計画まで,あらゆるものの計算を支えていた。
コンピュータ科学の黎明期に書かれた論文をいくつか読み返すと,執筆者たちが人間に先駆けてこの新しい機械装置の正体を明らかにしようとしていることに感心させられる。たとえばチューリングの論文では,一般には知られていない「デジタルコンピュータ」を人間コンピュータになぞらえ,「デジタルコンピュータの背後にある考えは,こうした機械は人間コンピュータが実行できるどんな処理でも実行できるようにつくられていると説明できるかもしれない」と述べている。それから数十年が経ち,「コンピュータ」という言葉に対する認識が変わり,いまや「コンピュータ」とは一般にデジタルコンピュータを指す言葉になった。というよりも,事実上その意味しか持たなくなった。「人間コンピュータ」のほうが不条理なたとえになったのだ。
ブライアン・クリスチャン 吉田晋治(訳) (2012). 機械より人間らしくなれるか:AIとの対話が,人間でいることの意味を教えてくれる 草思社 pp.23-24
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