ところで学校の歴史の授業では,世界初の鉄道は,1825年にストックトン〜ダーリントンの間に敷設された,と習った記憶がある人も多いのではないだろうか。事実,炭鉱のエンジニアであったジョージ・スチーブンソンは,ストックトンとダーリントンの間に敷設された線路で,蒸気機関車「ロコモーション」の走行に成功する。これが「世界初の鉄道」という認識が日本では一般的だ。ところがこの「ロコモーション」は,鉄道馬車の力を借りてようやく動くことができた,という程度の代物だった。スチーブンソンは,息子のロバートとともに改良を重ね,世界初の営業路線として決まったリバプール〜マンチェスター線に,その成果でもある「ロケット」を投入した。これが1830年である。
それでも1825年が“世界初”であるように思えるが,実用に耐えうるかどうかがイギリスでは大きなポイントになるらしい。イギリスにおいても25年説は少なくないが,たとえばイングランド銀行の5ポンド紙幣(旧)に大きく描かれているのは「ロケット」のほうであり,「ロコモーション」は紙幣の隅に,申し訳程度に挿入されているに過ぎない。
さらに言えば,イギリスで,いや世界で初めて蒸気機関車の製造に成功したのはスチーブンソン親子ではなく,リチャード・トレシビックなる人物である。彼がSLを製造したのはスチーブンソンより20年以上も早い1804年で,試験走行にも成功している。だが,それはとても実用にはならず,彼は試行錯誤を繰り返す。そのうちにスチーブンソン親子が「ロコモーション」,そして「ロケット」を世に送り出し,トレシビックの名前は鉄道史の陰に葬り去られてしまうのである。
秋山岳志 (2010). 機関車トーマスと世界鉄道遺産 集英社 pp.180-182
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