世間話と申しますものは,これリアルタイムなものでございまして,真偽の程は別としてもほんとうのこととして語られます。事実であろうとなかろうと面白可笑しく語られるものでございます。
この世間話,事実のみを残すなら単なる記録でございますが,語りを語りとして伝えました時に,それは説話となり得るのでございます。
この,語りの構造だけを抽出致しまして——つまりコード化致しまして,固有名詞を一般名詞に置き換えましてお話しますってェと,これは昔話になりましょう。純粋に語りの面白さだけを伝える——これは口承文芸でございます。
口承文芸という部分に力点を置かずに,説話をただ後世に伝えた場合が,民話と呼ばれる訳でございます。一方で物語の面白さを重視せず,所謂事実としての側面を重視して後世に語り伝えました場合は,伝説になりましょう。伝説にはリアリティが必要なのでございます。
因みにこの説話,事実の部分だけを記しますってェと,単なる記録になってしまう訳でございまするが,語ること——物語の方を文字で記しますと説話文学となるのでございます。これは小説のハシリでございましょうか。また,語りのテクニックが職業化致しますと,これはお噺——いわゆる落語などの話芸になって参ります。落語はその昔,昔話と呼ばれていたのでございます。
世間話の妖怪から昔話の妖怪になると申しますのは,つまりリアリティを失うということでございます。
京極夏彦 (2010). 文庫版 豆腐小僧双六道中ふりだし 角川書店 pp.460
PR