心理学では,魔法のように見える直観も魔法とは見なさない。この点に関する最高の名言は,おそらくあの偉大なハーバート・サイモンによるものだろう。サイモンはチェスの名手を調査し,彼らが盤上の駒を素人とはちがう目で見られるようになるのは数線時間におよぶ鍛錬の賜物であることを示した。サイモンは次のように書いたが,この1文からも,専門家の直観を神秘化する傾向にむかっ腹を立てていたことがうかがえる。
「状況が手がかりを与える。この手がかりをもとに,専門家は記憶に蓄積されていた情報を呼び出す。そして情報が答を与えてくれるのだ。直感とは,認識以上でもなければ以下でもない」
2歳の子どもが犬を見て「わんわんだ」と言っても,私たちは驚かない。ものを認識し名前をつけることにかけて子どもが信じられないような学習能力を発揮することをよく知っているからだ。サイモンが言いたかったのは,専門家の信じられないような直感も,根は同じだということである。初めて遭遇する局面の中に慣れ親しんだ要素を見つけ,それに対して適切な行動を起こすことを学んだとき,いざというとき役に立つ直感が育まれる。すぐれた直感的判断は,まさに「わんわん」と同じように,すっと浮かんでくるのである。
ダニエル・カーネマン (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?(上) 早川書房 pp.22
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