認知的錯覚は克服できますか,とよく質問される。いま挙げた例から考えるに,あまり期待はできそうにない。システム1は自動運転していてスイッチを切ることはできないため,直感的思考のエラーを防ぐのは難しいからだ。システム2がエラーの兆候を察知できないことも多々あるので,バイアスをつねに回避できるとは限らない。エラーが起きそうだという兆候があったときでさえ,エラーを何とか防げるのは,システム2による監視が強化され,精力的な介入が行われた場合に限られる。ところが日常生活を送るうえでは,つねにシステム2が監視するのは必ずしも望ましくはないし,まちがいなく非現実的である。
のべつ自分の直感にけちをつけるのは,うんざりしてやっていられない。そもそもシステム2はのろくて効率が悪いので,システム1が定型的に行っている決定を肩代わりすることはできないのである。私たちにできる最善のことは妥協にすぎない。失敗しやすい状況を見分ける方法を学習し,懸かっているものが大きいときに,せめて重大な失敗を防ぐべく努力することだ。そして他人の失敗のほうが,自分の失敗より容易に認識できるものである。
ダニエル・カーネマン (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?(上) 早川書房 pp.44
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