心理学者のロイ・バウマイスターのチームは一連の驚くべき実験を行い,認知的,感情的,身体的のいずれかを問わず,あらゆる自発的な努力は,少なくとも部分的にはメンタルエネルギーの共有プールを利用していることを決定的に証明した。バウマイスターらの実験は,同時並行的なタスクではなく連続的なタスクを使って行われている。
彼らの実験で繰り返し確認されたのは,強い意志やセルフコントロールの努力を続けるのは疲れるということである。何かを無理矢理がんばってこなした後で,次の難題が降りかかってきたとき,あなたはセルフコントロールをしたくなくなるか,うまくできなくなる。この現象は,「自我消耗(ego depletion)」と名づけられている。代表的な実験では,感情的な反応を抑えるよう指示したうえで被験者に感動的な映画を見せると,その後は身体的耐久力のテスト(握力計を握り続けるテスト)で成績が悪くなった。実験の前半で感情を抑える努力をしたために,筋収縮を保つ苦痛に耐える力が減ってしまったわけだ。
このように自我消耗を起こした人は,「もうギブアップしたい」という衝動にいつもより早く駆り立てられる。別の実験では,被験者はチョコレートや甘いクッキーの誘惑に抵抗しながら,ラディッシュやセロリなど清く正しい野菜を食べさせられる。これで自我消耗した被験者は,この後で難しい認知的タスクを課されると,いつもより早く降参してしまう。
ダニエル・カーネマン (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?(上) 早川書房 pp.62-63
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