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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

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ハロー効果の回避

 人物描写をするときに,その人の特徴を示す言葉の並び順は適当に決められることが多いが,実際には順番は重要である。ハロー効果によって最初の印象の重みが増し,あとのほうの情報はほとんど無視されることさえあるからだ。私自身,教授になりたての頃,そういう経験をした。学生の論文試験を採点していたときのことである。始めのうち私は,ありきたりのやり方をしていた。つまり1人の学生の提出物(2本の論文を綴じてある)を取り上げ,課題1の論文を読んで採点し,続けて課題2を読んで採点し,合計を出し,それから次の学生に移るというやり方である。だがそのうち私は,自分のつける点が課題1と2でひどく似通っていることに気づいた。もしかするとこれはハロー効果ではないか,つまり課題1の採点が課題2の評価に影響を与えすぎているのではないか……。
 なぜそうなるのかは,考えてみればすぐわかる。最初の論文で高評価をした場合,次の論文に曖昧な主張や意味のわからない表現があっても,いいように解釈してしまうからだ。これは,一見すると理に適っている。最初の論文がすぐれていた学生なら,次でばかげたミスを犯すはずはない,と考えられるからだ。だが,私の採点方法には重大な欠陥がある。学生が書いた2本の論文のうち,一方がよくて一方はお粗末だった場合,どちらを先に読むかによって合計点が大きく変わってしまうからだ。私は課題を出すときに,2本の論文はどちらも同じ重みで評価する,と学生に話した。だがそれは嘘だったことになる。実際には最初の論文のほうが2本目よりはるかに重要なのだ。これは,私としては受け入れがたい。
 そこで私は新しいやり方をすることに決めた。1人の学生の論文を2本続けて読むのではなく,まず課題1だけを全員読み,その後に課題2に移る。最初の論文の点数は表紙の裏に記入し,2本目を読むときに,1本目の点数に(たとえ無意識的にでも)惑わされないようにした。新しい方法に切り替えてすぐ,私は落ち着かなくなった。自分の採点に以前ほど自信が持てなくなり,これまでに感じたことのない居心地の悪さをひんぱんに感じるようになった。というのも,ある学生の2本目の論文に失望して低い点をつけ,いざ表紙の裏に書き込もうとすると,1本目には高い点数をつけていた,ということがちょくちょくあったからである。そのうえ,1本目との差を減らそうとして,これから書き込む2本目の点数を変えたくなる誘惑にも駆られた。この結果,1人の学生の点数が課題1と2で大幅にちがうケースが頻出することになる。この一貫性のなさが私を不安にさせ,不快にもした。
 こんな具合で,新しい採点方法では,最初のときほどつけた点数に満足できなかったし,自信も持てなかった。しかしその一方で,この不快感は,新しいやり方のほうがすぐれていることを示す兆候なのだとも感じた。最初の採点方法では課題1も2も同じような評価になり,その一貫性に私は満足していたわけだが,それは偽の一貫性だったのである。この偽の一貫性は認知容易性を生み,私の怠け者のシステム2はこの最終評価を受け入れていた。課題1の採点が課題2に重大な影響を与えることを容認していた私は,同じ学生でも課題によって出来不出来がある可能性を,考えまいとしていたことになる。新しい採点方法に切り替えてわかった最初の採点法との不快な不一致は,たしかに本物だった。この不一致は,1つの課題だけで学生の出来を評価するのは不適切であること,そして私の評価が信頼に値しないことをはっきりと示したのだった。

ダニエル・カーネマン (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?(上) 早川書房 pp.124-126
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