ランダム性をめぐる誤解は蔓延しており,ときに重大な影響をおよぼすことがある。エイモスと私は代表性に関する共同論文を書き,統計学者ウィリアム・フェレーを引用した。フェレーは,実際には存在しないパターンを人々が見つけ出した例を挙げていた。たとえば第二次世界大戦中のロンドン大空襲では,爆撃は無作為ではないと一般的に信じられていた。というのも,爆撃された地点を地図上に描くと,はっきりと偏りが見られたからである。中には,ドイツのスパイが住んでいるところは爆撃されないのだと信じている人もいた。しかし厳密な統計分析の結果,爆撃地点の分布は典型的なランダム分布であり,かついかにもランダムでない印象を与えがちな分布であることが明らかになった。「訓練されていない人の目には,ランダム性が規則性に見えたり,クラスター(群れ)を形成するように見えがちである」とフェレーは指摘している。
私はフェレーから学んだことをすぐに活かす機会を得た。1973年に第四次中東戦争が勃発した際に,イスラエル空軍に貢献することができたのである。といっても,空軍幹部に対し,原因究明を止めるよう進言しただけだが。
この戦争ではアラブ側が先制攻撃を仕掛け,とくにエジプト軍の地対空ミサイルが思わぬ効果を上げてイスラエル空軍機を多数撃墜し,緒戦で優位に立った。損失は甚大で,しかも偏っているようにみえた。たとえば,同じ基地から飛び立った2つの飛行中隊のうち,片方は4機を失ったが片方は無傷だった,という話を私は聞かされた。こうしたわけで,損害を被った飛行中隊のどこが悪かったのか見つけようと,調査が開始されていた。一方の飛行中隊がとくにすぐれていると考えるべき理由はなかった。また,作戦にもちがいはなかった。だが言うまでもなく,パイロット1人ひとりの生活は,多くの点でランダムに異なる。たとえば,ミッションの合間に自宅に帰る頻度とか,任務終了後の報告の仕方などはそれぞれにちがう。私のアドバイスは,こうだった。2つの飛行中隊で異なる結果が出たのは,まったくの偶然にすぎないことを受け入れなさい。そして,パイロットに聞き取り調査をするのはすぐに止めたほうがよろしい。この場合の最もありうる答は,偶然である。あるかどうかもわからない原因を求めて行き当たりばったりの調査をするのは意味がないうえ,損害を被った中隊のパイロットには,自分や死んだ戦友に落ち度があったのではないかと感じさせ,さらによけいな重荷を背負わせることになるだろう……。
ダニエル・カーネマン (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?(上) 早川書房 pp.170-171
PR