本章では,アメリカにおける腎臓がんの出現率の話を最初に取り上げた。この例は,もともとは統計学の先生向けの本に載っていたもので,私はウェイナーとツワリングの愉快な論文を読んで知った。彼らの論文では,ゲイツ財団が行った17億ドルもの巨額の投資に多くのページを割いている。この投資が行われた背景は,こうだ。多くの研究者は,よい教育とは何か,その秘密を探ろうと長年努力してきた。そして高成績の学校を突き止め,他の学校とどこがちがうのかを見つけようとした。この種の研究で得られた結論の1つが,よい学校は平均的に小さいという興味深い「事実」である。たとえばペンシルバニア州の1662の学校を調べたところ,成績上位50校のうち6校が小さかった。これは,通常の4倍の出現率である。こうしたデータを見たゲイツ財団が,小さな学校をつくるために多額の投資に踏み切ったという次第である。ときには大きな学校を小さな学校に分割することまで行った。アネンバーグ財団やピュー慈善信託など,著名な財団少なくとも5,6団体が追随している。おまけにアメリカ教育省も,小規模学習コミュニティ・プログラムを掲げて加勢している。
この話には,おそらくあなたも直感的に同意できるだろう。小さい学校のほうがよい教育を提供でき,したがって優秀な生徒を輩出できる理由はすぐに思い浮かぶ。大きい学校に比べて生徒1人ひとりに注意が行き届き,勉学意欲を高められる,等々。だが残念ながら,そのような原因分析は的外れである。なぜなら,「事実」がまちがっているからだ。ゲイツ財団に報告書を提出した統計専門家が,成績の最も悪い学校の特徴を訊ねられたら,やはり平均より小さいと答えただろう。小さい学校の成績は,平均を上回るわけではない。単にばらつきが大きいだけだ,というのが真実である。さらに付け加えるなら,ウェイナーとツワリングは,どちらかといえばむしろ大きい学校のほうが,成績がよいという。とくに学年が上になるほどカリキュラムに多様な選択肢を設けられるので,それが効果を上げると彼らは指摘している。
ダニエル・カーネマン (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?(上) 早川書房 pp.173-174
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