プライミング効果が驚くほど多様であり,こちらが何の注意も払わず,気づいてもいない刺激によって思考や行動が影響を受けることは,すでに述べたとおりである。プライミングに関する研究から得られた貴重な教訓は,私達の思考や行動がその瞬間瞬間の状況に,自分が気づいている以上に,あるいは望む以上に左右される,ということである。多くの人が,主観的な経験と相容れないという理由から,プライミングの影響を信じようとしない。また,自立した主体としての主観的感覚を脅かされると感じて,動転する人も少なくない。たまたま目にしたコンピュータのスクリーンセーバーに影響されて,しかもそのことに気づかないままに,見知らぬ人を助けるかどうかの意志が左右されるとしたら,自分は自由だと言えるのか,というわけだ。アンカリングも,同じような危険をはらむ。仮にあなたがつねにアンカーを意識し,それに注意を払ったとしても,アンカリングがあなたの思考をどう導きどう制御するのかは,あなたにはわからない。なぜなら,アンカーが変わったりなくなったりしたら自分の考えがどう変わるのか,想像することは不可能だからだ。
とはいえ,あなたにもできることはある。何らかの数字が示されたら,それがどんなものでもアンカリング効果をおよぼすのだ,と肝に銘じることである。そして懸かっているものや金額が大きい場合には,何としてもシステム2を動員して,この効果を打ち消さなければならない。
ダニエル・カーネマン (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?(上) 早川書房 pp.189-190
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