次に掲げるのは学界ではよく知られている例だが,現実の世界にきわめて近い話である。ある大学の学部が,若い教授を採用するとしよう。この学部では,研究面の生産性の高い人材を選びたいと考えている。採用委員会は,次の2人の候補者に絞り込んだ。さてどちらを選んだらよいだろうか。
キムは最近論文を完成した。すばらしい推薦状を携えており,面接では見事な話術で全員を魅了した。研究の生産性に関しては,過去に十分な実績はない。
ジェーンは過去3年間,ポスドク研究を行ってきた。生産性は高く,すぐれた研究実績を持つ。だが面接での印象はキムに劣る。
直感的に選ぶなら,キムだろう。彼女のほうが好印象を与える。ここに,「見たものがすべて」効果も働く。だがジェーンに比べると,キムに関する情報量は大幅に少ない。すると,「少数の法則」を考える必要性が出てくる。ジェーンよりキムのほうが情報の標本が小さく,小さい標本ほど極端な結果が出る可能性が高い。小さい標本の結果では運が大きく左右する。となれば,あなたはキムの将来の業績を予測するに当たって,大幅に平均に回帰させなければならない。キムのほうがジェーンより回帰の幅が大きいという事実を認めるなら,たとえ印象が劣っても,最終的にはジェーンを選ぶべきだろう。純粋に学問的な選択としては,私はジェーンを選ぶ。だがキムのほうが有望そうだという直感を押さえつけるのにきっと苦労することだろう。直感に従うほうが,逆らうより自然だし,ある意味で楽しいものだから。
ダニエル・カーネマン (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?(上) 早川書房 pp.284-285
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