過去の自分の意見を忠実に再現できないとなれば,あなたは必然的に,過去の事象に対して感じた驚きを後になって過小評価することになる。この効果を初めて取り上げたのはバルーク・フィッシュホフで,エルサレムの大学生だったときのことである。彼はこれを「私はずっと知っていた」効果と呼んだ。すなわち「後知恵バイアス(hindsight bias)」である。フィッシュホフはルース・ベイス(やはり私たちの教え子である)と共同で,リチャード・ニクソン大統領の1972年の中国・ソ連訪問前に調査を実施した。ニクソン外交に関して起こりうる結果を15項目挙げ,参加者にそれぞれの確率を推定してもらう,というものである。15項目の中には「毛沢東はニクソンとの会談に応じる」「アメリカは中国を承認する」「数十年にわたり反目しあっていた米ソが何らかの重要事項で合意に達する」などが含まれていた。
この調査には続きがあり,ニクソン帰国後に再び同じ参加者に対し,自分たちが15項目でそれぞれに推定した確率を思い出してもらった。結果は明快だった。実際に起きたことについては自分がつけた確率を多めに見積もり,起きなかったことについては「そんなことは起こりそうもないと思っていた」と都合よく思いちがいをしたのである。その後に行った実験では,自分の当初の推定だけでなく,他人の推定まで,実際より精度を過大評価する傾向が認められた。また,O.J.シンプソンの殺人公判やクリントン大統領の弾劾など世間の注目を集めた出来事でも,同様の傾向が確認された。実際にことが起きてから,それに合わせて過去の自分の考えを修正する傾向は,強力な認知的錯覚を生む。
ダニエル・カーネマン (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?(上) 早川書房 pp.295-296
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