数年前,私は金融業界におけるスキルの錯覚をこの手で調べるという,めったにないチャンスに恵まれた。裕福な顧客向けに資産運用上の助言その他のサービスを提供する会社に呼ばれ,投資アドバイザー向けに講演をしてほしいと依頼されたことがきっかけである。準備のために資料がほしいと頼んだところ,思いがけない幸運に行き当たった。提供された資料の中にアドバイザー25名の投資成績8年分をまとめたスプレッドシートが入っていたのである。成績は数値化され,主にそれに基づいて年度末のボーナスが決まる。毎年の成績に従ってアドバイザーをランク付けすれば,アドバイザーに持続的な能力格差があるかどうかがわかるし,同じアドバイザーが一貫して好成績を収めているかどうかもチェックできる,と私は考えた。
そこでこの点を調べるために,2年分の成績を1組にしてランキングの相関係数を計算することにした。1年目と2年目,1年目と3年目……7年目と8年目まで,28組のペアをつくり,それぞれについて相関係数を求めた。統計的に考えればスキルの存在を示す相関係数は低いだろうと予想してはいた。それでも結果が出たときには驚愕したものである。28個の相関係数の平均は0.01だった。つまりゼロである。アドバイザーの間にスキルの差があることを示す相関性は,どこにも見当たらなかった。私の計算結果は,アドバイザーの仕事が高度なスキルを要するゲームよりも,サイコロ投げに似ていることを示していた。
その会社では,投資アドバイザーがやっているゲームの性質に誰も気づいていないようだった。アドバイザー自身,自分たちは難しい仕事をこなす有能なプロフェッショナルだと自負しており,上司もそれに同意していた。講演の前夜,リチャード・セイラーと私は同社の経営幹部数人と食事をした。ボーナスの決定をする人たちである。私たちは,投資アドバイザーの年ごとの成績相関はどの程度だと思うか,と質問してみた。彼らはこちらが何を言うつもりか想像がついたらしく,にやにやして「そんなに高くはないだろうね」「年ごとの変動が大きいと思う」と答えたものである。だが誰1人として,よもや相関係数がゼロであるとは予想していなかった。
ダニエル・カーネマン (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?(上) 早川書房 pp.313-314
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