組織であれば,楽観主義をうまく抑えられるかもしれない。また個人の集団よりは1人の個人のほうが抑えやすいだろう。そのために一番よいと考えられるのは,私の「敵対的な共同研究者」ゲーリー・クラインが考えだした方法である。やり方は簡単で,何か重要な決定に立ち至ったとき,まだそれを正式に公表しないうちに,その決定をよく知っている人たちに集まってもらう。そして,「いまが1年後だと想像してください。私たちは,さきほど決めた計画を実行しました。すると大失敗に終わりました。どんなふうに失敗したのか,5〜10分でその経過を簡単にまとめてください」と頼む。クラインはこの方法を「死亡前死因分析(premortem)」と名付けている。
クラインのこのアイデアには,たいていの人が感嘆する。ダボス会議の場で私がこれを話題にしたところ,後ろにいた誰かが「これを聞いただけでもダボスに来た甲斐があった」と呟いたものである(あとになって,その人は国際的な大企業のCEOであることがわかった)。死亡前死因分析には,大きなメリットが2つある。1つは,決定の方向性がはっきりしてくると多くのチームは集団思考に陥りがちになるが,それを克服できることである。もう1つは,事情をよく知っている人の想像力を望ましい方向に解放できることである。
ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.52-53
PR