忍者ブログ

I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

石鹸

 シンプルで,測定可能で,効果が拡散する。これらの必要条件を満たしている,私のお気に入りの研究をもう1つ紹介しよう。パキスタンの大都市カラチのスラム街に住む子供の死亡率の改善を目指している慈善団体「HOPE」と,アメリカ疾病予防管理センター(CDC)との共同プログラムだ。カラチには,400万人以上が非常に込み入った状態で暮らしている。道には汚水が流れ,汚染されていない飲み水などほとんどない。貧困と食糧不足のせいで子供の3割から4割が栄養失調だ。子供の10人に1人は5歳になる前に亡くなる。下痢と急性気道感染症が主な死因だ。
 問題は多様で根深かった。水道も汚水処理のシステムも不充分なうえ,教育が不足しているので基本的な健康や衛生の知識がない。地元の企業への投資がもっとあれば,雇用が増えて,人々が生活環境を改善できる。だが,腐敗した官僚政治と不安定な政情がそれを阻害していた。世界的に農作物の価格が低く,農業で生計を立てるのは無理なので,数十万人が仕事を求めて田舎から押し寄せ,都市はますます混雑した。政府と社会を一新しないと,子どもの健康を向上させるのは無理に思えた。
 だが,CDCの若き職員,スティーブン・ルービー氏には1つのアイデアがあった。彼はネブラスカ州のオマハで育った。彼の父はクレイトン大学の産婦人科の主任教授で,彼自身もテキサス大学サウスウェスタン医学部を卒業した。彼は昔から公衆衛生に興味を持っていたので,サウスカロライナ州の疫病を調査するCDCの仕事に就いたが,CDCのパキスタン事務所に空きができるとすぐに志願した。学校の先生をしていた妻と一緒にカラチに移り,調査を始めたのは90年代後半のことだった。
 彼は私にこう語った。
 「もしも僕の故郷のオマハのような水道と下水処理のシステムがあれば,問題は解決されるだろうね。でも主要なインフラを作るのには十年単位の時間が必要なんだ」だから彼はシンプルな解決策を探し,同僚に笑われてしまうほど地味な答えにたどり着いた。石鹸だ。
 ちょうどその頃,一般消費財メーカーのプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)がセーフガードという抗菌石鹸の有効性を示したがっていた。それを知ったルービー氏は,P&Gと交渉し,研究の予算と,抗菌剤入りと抗菌剤なしの石鹸をそれぞれ数箱もらえることになった。同僚たちには懐疑的な目で見られたが,彼はそれをものともしなかった。次に,カラチのスラム街の家庭を無作為に25か所選んだ。HOPEの職員は,各家庭に石鹸を週1回配り,6つの状況で石鹸を使うように奨励した。1日1回体を洗う時,排便の後,子供のお尻を拭いた後,食事前,料理をする前,食事を幼児などに与える前に,そして各家庭の子供の病気の発生率を追った。比較対象として,石鹸を与えていない11家庭のデータも集めた。
 ルービー氏たちは結果をまとめ,2005年に『ランセット』誌に発表した。各家庭は週に平均3.3個の石鹸を1年間受け取った。石鹸を与えられた家庭では,与えられなかった家庭に比べ,子供の下痢の発生率が52%も低かった。肺炎の発生率は48%低く,膿痂疹という皮膚の病気の発生率も35%低かった。驚くべき結果だ。貧困,低い教育水準,混雑などの諸問題は相変わらずあった。石鹸は使っていたが,飲み水も手を洗う水も汚染されたままだった。それでも,これだけの成果が出たのだ。
 皮肉なことに,P&Gは研究結果に失望していた。P&Gは抗菌剤の有効性を示したかったが,抗菌剤の有無は効果に影響がなく,普通の石鹸で充分なことがわかったからだ。

アトゥール・ガワンデ 吉田 竜(訳) (2011). アナタはなぜチェックリスト使わないのか?:重大な局面で“正しい決断”をする方法 晋遊舎 pp.110-112
PR

bitFlyer ビットコインを始めるなら安心・安全な取引所で

Copyright ©  -- I'm Standing on the Shoulders of Giants. --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]